読人しらずの歌 – 春霞

作品

#188 春霞たてるやいづこみよしののよしのの山に雪はふりつつ

作品サイズ:半紙サイズ 約33×24 cm
仕立て額装

どんな歌?

しいか:はるがすみ たてるやいづこ みよしのの よしののやまに ゆきはふりつつ
詩歌:春霞たてるやいづこみよしののよしのの山に雪はふりつつ
詠者:よみ人しらず
歌集: 古今和歌集
制作:913年以前 (同集成立以前)
出典:新 日本古典文学大系5 岩波書店

“ 題しらず ” の詞書に続く歌です。

春霞が立っているのはいったいどこなのだろうか。吉野の山々では雪が繰り返し降っているというのに、といったところでしょうか。

霞は春の象徴。
美称である「み吉野」と共に「吉野」を反復していることに加えて、動作の反復表現「降りつつ」と、繰り返しを重ねています。山深い吉野山に春の訪れが遅いことを嘆き、春が待ち遠しいというひしひしとした思いを強調しているかのようです。

でもこの繰り返し、書作品を作るうえでは泣かされるというか腕の見せ所というか。同じ表現にならないように心を配る個所です。

よしなしごと

詠者はいったいどこでこの歌を詠んだのでしょうか。

実は、この歌が詠まれた場所について2つの説があります。奈良の吉野山でという説と、都(京都)でという説です。それぞれの説について少し掘り下げてみましょう。

奈良の吉野山で詠まれたという説:臨場感

吉野山は古来より桜の名所として知られており、数多くの和歌に詠まれてきました。

和歌は風景や季節の移り変わりについて触れたものが多く、その場所の具体的な景色を繊細に描き出します。この和歌も、吉野山のまさにそのときの風景を詠んだものととらえると、その情景描写がより具体的かつ臨場感を持ちます。

都(京都)で詠まれたという説:都人の憧れ

平安時代の貴族たちは、吉野山に対する憧れを持っており、実際に訪れることなく詠んだ和歌も多く存在します。
京都に住む人々が、都にいながら遠く離れた吉野山に思いをはせて詠んだという解釈も可能です。

「題しらず」「読人しらず」というのも何かワケがありそうで、吉野で単純に景色を詠んだとするよりしっくりくる気がします。

「題しらず(だいしらず)」・・・詠まれた事情などが不明であること

「読人しらず(よみびとしらず)」・・・作者が判明しない、身分が低い(名を記載してもわからない)、記載をはばかる、というような場合に作者を「よみ人しらず」とします。驚くことに古今和歌集の詠者の約4割は「よみ人しらず」、誰が詠んだのか分からない歌だといいます。

参考:コトバンク、NHK高校講座古典

結論

この和歌が詠まれた場所については、どちらの説も一理あります。奈良の吉野山で詠まれたとする説は、具体的な景色の描写と一致し、実際の体験に基づくものと考えられます。一方、都で詠まれたとする説は、当時の貴族たちの吉野山への憧れや、遠くの風景を想像して詠むという和歌の伝統に基づいています。

どちらの説を支持するかは、和歌の背景や当時の文化、詠み手の意図をどのように解釈するかによって異なりますが、いずれにせよ1100年以上も前に詠まれた和歌が提供するテーマについて、現代の私たちが考えてわくわくできるなんて、素晴らしくないですか。

タイトルとURLをコピーしました