人麻呂の歌 – 春山は

作品

#262 春山は散り過ぎぬとも三輪山はいまだ含めり君待ちかてに

作品サイズ:半懐紙サイズ 約37×25 cm
仕立て額装

どんな歌?

しいか:はるやまは ちりすぎぬとも みわやまは いまだふくめり きみまちかてに
詩歌:春山は散り過ぎぬとも三輪山はいまだ含めり君待ちかてに
詠者:柿本人麻呂歌
歌集: 万葉集 巻9・1684
制作:735年以前(舎人皇子没年以前)
出典:日本の古典 第四巻 萬葉集(三) 小学館

“舎人皇子に献る歌二首”の詞に続く歌です。

春山の花はすっかり散り果ててしまったかもしれませんが、この三輪山の花々はいまだ蕾のままです。あなたのお越しを待ちあぐねている私のように。

といったところでしょうか。

柿本人麻呂という謎

古代史には多くの謎が残されており、史実の裏に隠された、当時の人々の思惑や出来事に想像を巡らせる楽しさがあります。

なかでも万葉集を代表する歌人・柿本人麻呂は興味深い存在です。

平安時代、紀貫之は『古今和歌集』の序文(仮名序)で人麻呂を「正三位」と記しています。正三位は極めて高い官位ですから、当然、国の正史である『日本書紀』や『続日本紀』には、その生涯が記録されてしかるべきです。

しかし、実際には彼の記録は見当たりません。
それはなぜか。

古代史の面白さは、こうした空白にあります。

歴史書には当時の為政者にとって不都合な真実は記録されません。それ故に人麻呂という存在に触れるたび、歴史の表舞台から消えてしまった何かがあったのではないかと想像せずにはいられません。

最近、そんな人麻呂像に新たな視点を与えてくれる興味深い一冊を読みました。

人麻呂の暗号と偽史「日本書紀」 ~萬葉集といろは歌に込められた呪いの言葉~
園田 豪 著 郁朋社

この本では、柿本人麻呂は個人名ではなく「ペンネーム」であり、正史に登場する “ある人物” だった可能性が論じられています。真偽はともかく、由来の説明には思わず納得させられる部分も多く、古代史への探究心がいっそう刺激されます。

今回の作品は、そんな柿本人麻呂への興味から生まれました。

作品仕様・額装について

  • 素材:かな料紙に、磨り墨による墨書
    ・・・ 料紙の繊細な表情と墨の深い階調が、静かな奥行きを生み出します。
  • 額装:作品ごとに最適な仕立てを施し、高品質なアクリル額にて額装いたします。
    ・・・ 空間との調和を大切に、一点ごとに設えます。書の美しさが暮らしに自然に溶け込み、日々の景色を整えます。
空間イメージ
(本画像はGoogleの生成ツールを用いて制作しています。)

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