#225 梅林野分の跡のあかるきに吾が立ち見れば鳶高く飛ぶ

作品サイズ: | 半懐紙サイズ 約37×25 cm |
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仕立て: | 額装 |
どんな歌?
しいか: | うめばやし のわきのあとの あかるきに わがたちみれば とびたかくとぶ |
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詩歌: | 梅林野分の跡のあかるきに吾が立ち見れば鳶高く飛ぶ |
詠者: | 伊藤左千夫 |
歌集: | |
制作: | 明治38(1905)年 |
出典: | 現代日本文学大系10 筑摩書房 |
“秋の梅園” の詞書に続く歌です。
梅林、台風一過のすっきりとした空と落ち葉が散ってしまった明るさに、私が空を見上げると鳶が高く飛んでいる
といったところでしょうか。「天高く馬肥ゆる秋」といわれる、高く澄んだ秋の空が、梅林と鳶という遠近法で描き出されているかのようです。
春なのになぜ秋の歌?
梅林に春の訪れを告げるかのように、梅の花がほころび始めた2月。冬の名残を感じさせる冷たい空気の中にも、ほのかに温もりが混じり、春が近づいていることを実感させられました。しかし、そんな季節の中、なぜあえて秋の落葉の歌を選んだのか。
それは、春と秋がどこかで繋がっていると感じるからです。春は生命の芽吹きの季節ですが、その土壌には秋に散った葉が積もり、やがて新たな命の糧となります。秋は寂しさや別れを象徴する季節ですが、その寂寥の先にこそ、新しい始まりの予感があるのではないでしょうか。
梅の花が咲く庭で秋の歌を書くことは、まるで時間の流れを超えて、季節の巡りを見つめる行為のように思えます。過ぎ去ったものに思いを馳せることで、これから来る季節をより深く感じられるのかもしれません。
こんなことも書道の一興です。